過去の清算は許されないのでしょうか。--恩讐の彼方に
過去の清算は許されないと結論づけてしまいましたが、何事も「清算」はそう簡単には出来ませんね。
プライベートでも、事業でも相手に与えてしまった「傷」は消えないと思っています。
思っているのではなく、「消えません!」と断言出来ますね。
横峯良郎氏の記者会見で若い記者の声が聞こえてきました。しかも結構激しい口調で。
「貴方は本当に賭けゴルフをやってないのですね!」
「彼女と男女関係はなかったのですね!」
どういう生き方をしている記者か解りませんが、男女関係やら賭け事等一切していない自信に満ちた声でした。
まるで世の中は「聖人君子」しか生きていけない雰囲気に感じました。
確かに国政を委ねる国会議員は聖人君子か、それに近い方でなければ任せることは不可能だとは思いますが、そんな人います?
プライベートでも、事業でも相手に与えてしまった「傷」は消えないと思っています。
思っているのではなく、「消えません!」と断言出来ますね。
横峯良郎氏の記者会見で若い記者の声が聞こえてきました。しかも結構激しい口調で。
「貴方は本当に賭けゴルフをやってないのですね!」
「彼女と男女関係はなかったのですね!」
どういう生き方をしている記者か解りませんが、男女関係やら賭け事等一切していない自信に満ちた声でした。
まるで世の中は「聖人君子」しか生きていけない雰囲気に感じました。
確かに国政を委ねる国会議員は聖人君子か、それに近い方でなければ任せることは不可能だとは思いますが、そんな人います?
自分を含めて「過去は清算出来ないけど自分の一生を賭けて償う」努力は出来ると考えています。
多分想像を絶する時間がかかると思います。そして達成出来ぬまま一生を終わる事ってとても寂しいし、申し訳ないと思います。
そういう時、想い起こすのが「菊池 寛が1919年に発表した短編小説『恩讐の彼方に』です。
越後国生まれの市九郎は主人である旗本中川三郎兵衛の愛妾と密通して、挙句主人を殺害して愛妾と人斬り強盗をしながら逃げます。自らの罪に恐れて愛妾から逃げ、出家をして法名「了海」と名乗って1724年九州豊前国に入ります。
樋田郷で難所「鎖渡し」で事故で亡くなった馬子に出会い、事故で命を落とす人々を救う事を決め洞門(トンネル)を掘ることを決めます。
たった1人で18年間槌を振るいながら洞門を掘り、最後の3年間は石工達と掘り続け、完成1年半前に親の敵を討ちに洞門にやってきた主人中川三郎兵衛の実子実之助に潔く命を渡そうとするけど石工達に完成までと止められ、最後は実之助共々掘り続けて21年目に洞門が通るというお話です。
このお話は大分県中津市本耶馬渓町にある全町342mの「青の洞門」で禅海和尚が石工たちを雇って完成させたトンネルだそうですが、「了海」が掘ったのは菊池 寛の小説の世界なんです。
過去を清算することは出来なくても「一生をかけて人民の為に尽くす了海」のような精神を国民は求めていると思います。
僕自身「どうしようもないのかな人生は」を考え始めたのはお恥ずかしいながら10年位前からなんです。
この10年はすごく短く、そのスピードはどんどん加速しているように見えます。
今、僕の周囲には信頼と尊敬を感じる「心」の友人が少しずつ増えているように思えます。
彼らを「師」と仰ぎながら「了海」の精神を勉強しているのですが・・・・・。
一見真面目なきれいごとを並べ立てているような感じですが、決してそうではなく、今からでも遅くはないと思いつつ過去の清算を可能な限りやっているだけなんです。
さくらさんのお父様、岡山県の虎退治をなさったお姫様、今からでも遅くないと思います。再度ご自分に挑戦されてはいかがですか?
多分想像を絶する時間がかかると思います。そして達成出来ぬまま一生を終わる事ってとても寂しいし、申し訳ないと思います。
そういう時、想い起こすのが「菊池 寛が1919年に発表した短編小説『恩讐の彼方に』です。
越後国生まれの市九郎は主人である旗本中川三郎兵衛の愛妾と密通して、挙句主人を殺害して愛妾と人斬り強盗をしながら逃げます。自らの罪に恐れて愛妾から逃げ、出家をして法名「了海」と名乗って1724年九州豊前国に入ります。
樋田郷で難所「鎖渡し」で事故で亡くなった馬子に出会い、事故で命を落とす人々を救う事を決め洞門(トンネル)を掘ることを決めます。
たった1人で18年間槌を振るいながら洞門を掘り、最後の3年間は石工達と掘り続け、完成1年半前に親の敵を討ちに洞門にやってきた主人中川三郎兵衛の実子実之助に潔く命を渡そうとするけど石工達に完成までと止められ、最後は実之助共々掘り続けて21年目に洞門が通るというお話です。
このお話は大分県中津市本耶馬渓町にある全町342mの「青の洞門」で禅海和尚が石工たちを雇って完成させたトンネルだそうですが、「了海」が掘ったのは菊池 寛の小説の世界なんです。
過去を清算することは出来なくても「一生をかけて人民の為に尽くす了海」のような精神を国民は求めていると思います。
僕自身「どうしようもないのかな人生は」を考え始めたのはお恥ずかしいながら10年位前からなんです。
この10年はすごく短く、そのスピードはどんどん加速しているように見えます。
今、僕の周囲には信頼と尊敬を感じる「心」の友人が少しずつ増えているように思えます。
彼らを「師」と仰ぎながら「了海」の精神を勉強しているのですが・・・・・。
一見真面目なきれいごとを並べ立てているような感じですが、決してそうではなく、今からでも遅くはないと思いつつ過去の清算を可能な限りやっているだけなんです。
さくらさんのお父様、岡山県の虎退治をなさったお姫様、今からでも遅くないと思います。再度ご自分に挑戦されてはいかがですか?
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