スタッフルーム

引っ越したお墓

故郷のお墓に行ってみて驚いた!
祖母から聞いていた「昔の家来のお墓」はそのままで、「我家の一族の墓」は
全てひっくり返されていた。

晩年の父は故郷の墓が遠すぎるからと福岡に墓所を購入した。
自分の没後、妻である私の母がお参りするのに近い方が良かろうということが理由であったそうだ。
父の弟である叔父と共同で購入したと、後で聞いた。
私にも話があったが、長崎県平戸市は確かに遠い、しかし数百年前からのお墓を移転する気になれず賛同しなかった。
私の意見に関係なく福岡の墓所は購入された。
新しく購入した福岡の墓を前に、父は「ここに最初に入るのは誰かな」と母に言ったそうである。

父の死後、私は平戸の墓所に新しい墓石を建てた。父以降の直系はここに入ろうと決めて建てたものである。
水道を引いて、小さな倉庫を建て、周囲を明るくする為に大きな樹々を伐採して、その大木で幾つかのベンチをつくり、洋芝をはわせて小さな公園を作った。
墓所の入口には、誰がお参りに来ても少しは楽しい気持ちになれるように、
大きな石に「よく来てくれたね」と文字を彫って建てた。
それからは昔祖母に言われたように可能な限り先祖に会いに来た。

お墓掃除は大変な作業であった。我家の一族だけでなく、昔の家来のお墓全てをきれいにして生花を献花するだけで丸1日かかった。

数年後事業に失敗した私は当分お墓に来れない旨を先祖に報告に行った。
そして「ひっくり返されたお墓」を見たのである。

福岡に戻って聞いた母の返事は「弟が一族の墓を福岡に移した」。
お墓の移転については再度火葬して神道の式を挙げて移転することは少し知ってはいたが、これだけの数のお墓を移転した弟は1人で実行したのか、委託したのかは弟が死んでしまった今は判らない。
無残に見えたひっくり返されたお墓は、私の事業の失敗と同時に我家の終焉を迎えたように思えて情けなかった。

後で知った事だが、以前弟は平戸の実家にあった樹齢450年位の槇の大木を切って売ったことがあった。
当時実家の敷地の4つの角には「神木」と言われた大きな木があったが、その内の1本で門の左手にあった。
弟に驚かされたのは2度目である。
せめてお墓は掘り返したままではなく、整頓して欲しかった。

先祖の方々は今まで「個人墓」だったのが「家墓」になって、一族がみんな集まって喜んでいるかもしれない。
父の遺骨は分骨して福岡の墓地にも眠っていて、お参りするのは確かに便利ではあるが、「先祖があるから今がある」考えはあくまで平戸に対してだけである。

今、私は全てに「恨みつらみ」が無くなり、静かな平和で1日が終わることだけを心がけている。

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このページは、quintetが2007年12月25日 00:00に書いたブログ記事です。

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