新しい年
あけましておめでとうございます。
日一日と過去が増えていくことは、歳を重ねた身には寂しい。
それでも新しい年は、徒然草の吉田兼好「かくて明け行く雲の景色・・・」で曰く「ただ月が変わるだけだが、何となく新しい気持ちになる」ように、「また一年頑張ろう」という気にさせる。
年末に街を覗くと、昔と違って「しめ飾り」を見かけることがめっきり減っているのに気が付いた。
稲の穂で出来た家計を象徴する「しめ縄」、長寿を祈願した「裏白」、代々栄えることを祈願した「ダイダイ」等、昔の人は新しい年にこんな素晴らしいことを伝えてきたのに、今それらの意味を知って受け継いでいる人は少ない。
日一日と過去が増えていくことは、歳を重ねた身には寂しい。
それでも新しい年は、徒然草の吉田兼好「かくて明け行く雲の景色・・・」で曰く「ただ月が変わるだけだが、何となく新しい気持ちになる」ように、「また一年頑張ろう」という気にさせる。
年末に街を覗くと、昔と違って「しめ飾り」を見かけることがめっきり減っているのに気が付いた。
稲の穂で出来た家計を象徴する「しめ縄」、長寿を祈願した「裏白」、代々栄えることを祈願した「ダイダイ」等、昔の人は新しい年にこんな素晴らしいことを伝えてきたのに、今それらの意味を知って受け継いでいる人は少ない。
家の中の「鏡餅」や、「屠蘇」もほとんど無くなっていると聞く。
小さい頃、親父が三方に半紙を四方に置き大きな鏡餅を小餅をはさんで2段にのせ、昆布、ダイダイ、干し烏賊、柿を乗せて鏡餅を作っていたのを、側で親父を尊敬の眼差しで見ていたのを想い出す。
成人して家庭を持って、しばらくは親父の真似をして詳しい意味を知らないまま飾っていたが、いつの間にかそれもしなくなった。
日本人であるならば「失いたくない文化」の一つとして、大事にしたい新しい年の風習である。
しめ飾りやお雑煮の内容や形状は同じ日本でも数多くの異種があるらしい。
我家でも、お雑煮だけは昔から受け継がれてきた武家雑煮で「焼いた小餅をお湯で洗って二個、白菜を茹でて小さく巻き、ゆずの皮のひと削り」だけで、鰹節を一つまみふりかけた、焼きあご出汁である。
これは活字で書くと味も素っ気もないが、「めっちゃ美味い雑煮」である。
この雑煮を食べながら、新しい年に「人知れず誓いをたてる」のが、たとえ一年の結果がどうであれ、慣習としている。
小さい頃、親父が三方に半紙を四方に置き大きな鏡餅を小餅をはさんで2段にのせ、昆布、ダイダイ、干し烏賊、柿を乗せて鏡餅を作っていたのを、側で親父を尊敬の眼差しで見ていたのを想い出す。
成人して家庭を持って、しばらくは親父の真似をして詳しい意味を知らないまま飾っていたが、いつの間にかそれもしなくなった。
日本人であるならば「失いたくない文化」の一つとして、大事にしたい新しい年の風習である。
しめ飾りやお雑煮の内容や形状は同じ日本でも数多くの異種があるらしい。
我家でも、お雑煮だけは昔から受け継がれてきた武家雑煮で「焼いた小餅をお湯で洗って二個、白菜を茹でて小さく巻き、ゆずの皮のひと削り」だけで、鰹節を一つまみふりかけた、焼きあご出汁である。
これは活字で書くと味も素っ気もないが、「めっちゃ美味い雑煮」である。
この雑煮を食べながら、新しい年に「人知れず誓いをたてる」のが、たとえ一年の結果がどうであれ、慣習としている。
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