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マラソンから学ぶ

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080128marathon.jpg「あっ!そうだ!大阪国際女子マラソンだった」
1月27日の午後、誰にも邪魔されない日曜日、会社で思い出してTVをつけた。
5000メートル、1万メートル、ハーフマラソンの日本記録を持っている福士加代子選手のマラソン初挑戦である。とても興味があった。
30kmを走っていた。トップだった。しかし彼女の口は半開き。

トラックのレースでも彼女は最初普通の顔で走る。中盤から半開きの口、最後は横に大きく開いた口。
こうなると相当に苦しい結果が出ていることも知ってはいた。しかし、苦しい結果が出ても最後にいわゆる「豪傑笑い」に似た笑顔でインタビューに答える。

福士選手は徐々に苦しい表情に変わり、ピッチも遅れ出していた。

ずーと昔、九州朝日国際マラソンで瀬古選手を見たくて福岡市中央区の平尾に行った。
まだトップ集団を形成していたが、マラソンとは言え、その凄い速さに驚いた。
沿道で選手に合わせて走るファンがいたが10メートルも併走出来ない速さであった。

この日のTVでも沿道の併走ファンが多く見られたが、子供達の併走のスピードと同じくらいに福士選手のスピードは落ち始めていた。

42.195kmのマラソンのTV中継は約2時間半位、その間走っている選手たちを見ながらいろんなことを考える。刹那的、瞬間的でないマラソンの見る側の醍醐味であろう。
落ちていく者、上がっていく者、やめる者、歯を食いしばっている者、冷静な者、ころぶ者、起き上がる者、正に2時間半の人生。

福士選手の今日のドラマはここから始まった。
それから5回くらい転倒しながら、スピードはジョギング以下で、それでも
歩くようなスピードでゴールイン。
以前ののオリンピックでアンデルセンという女子の選手が脱水症状で朦朧としながらゴールした姿を思い出した。

観客席で彼女のお母さんが泣いているのが映し出された。
「誰か走るのを止めて!」と言わんばかりに。

福士加代子選手の初マラソンは19位だった。
解説者の話では彼女のマラソンのための練習は約1ヵ月位だったそうで、32km以上は走った事がないそうである。

無謀と言えば無謀だがプロなら可能なのかな? 結果は可能ではなかった。
1位はイギリスの元英国大使館書記官のヤマウチ選手でご主人は彼女のマラソンのために証券会社を辞めて2人3脚、2位はウイーンマラソン優勝の森本選手、共に豊かなドラマがあるようだ。

ゴールインした福士選手は倒れこむかと思って見ていたが、やはり「笑って」いた。
新聞記事によると「面白かった」と言っていたそうだが、いつもの事だが
この笑いやコメントは「本物か?」とも思う。
本物なら「凄い根性の

福士加代子選手! 頑張れ!!!!

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このページは、tateishiが2008年1月28日 16:40に書いたブログ記事です。

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