スタッフルーム

禁煙

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080215smoke.jpg1月7日新しい年の最初の会議。
会議が終わってしばらくしてメールが入った。若いスタッフからであった。
「お願いがあります。会議中は禁煙でお願いできないでしょうか。家に戻ってもカバンや衣類に匂いがついて取れないし、頭痛さえもします。」
吸っていたのはオレ1人。

申し訳なかった。自分の欲望だけで周りを気にしていない自分の横暴さに正直恥ずかしかった。
確かに、スモーカーにとって居づらい環境が多くなった。
家族とショッピングモールに出かけた。その間ついてまわるのが嫌で、どこかモール内で時間を潰すところを探した。タバコを吸える喫茶店風の店など1軒もない。結局表の寒い吹きっさらしの一角に置いてある灰皿の傍で立って吸った。
寒くてタバコの味など全然しなかった。 3度吸って止めた。

若いスタッフのメールは心に響いた。会議中だけでなくこの際止めよう。
何十年も吸ってきて、タバコを止めようなんて一度も考えた事は無かった。
まして、10数年間外国タバコの国内、アジアでの販売促進に携わっていて、
自分が吸わなくて誰に吸えと言うのだと言わんばかりにタバコ漬けになっていて「タバコを止める」ことは信条に反するとさえ考えていたのだから。

3日ほどたってもスタッフの誰からも「タバコ止めたのですか」さえ言われず
「オレは止めたんだぞ!」と叫びたいような気持ちに逆らって、止めた事に
平静を装うのに努めていた。
女性スタッフに3人のスモーカーがいたが彼女達は吸う場所を限定していて、どこで吸っているのかさえ分からないくらいであった。
しかし、スモーカーがタバコを止めた事は本人にとって大変な作業であっても
周りは全く気が付いていないくらい『タバコを吸わないことは当たり前』がごく当然のようになっている環境が出来上がっているのはとても良い事のはずである。

外国タバコメーカーのマーケティングの仕事の最終目的は「いかにタバコを吸わせるか」であったが、当のメーカーのトップは誰もタバコを吸わなかった。
「スモーカーと太っているカラー族は出世しない」不文律があったのである。
先日チェーンスモーカーだった映画監督の「市川崑さん」が亡くなったが、市川監督の画像露出はほとんどタバコをくわえたものだった。92歳の長命はスモーカーを勇気付けていた部分もあった。
当社の中年男性スタッフも以前は結構なスモーカーだったらしい。
当のメールをくれた若いスタッフも本人から直接聞いたわけではないが「1日2箱」吸っていたそうだ。

5月1日からタバコ自動販売機ではカードが無いと買えなくなる。このカードを申し込むのに手間暇がかかる。ここでもスモーカーは減るであろう。
いっその事、国策の1部でもある葉タバコ生産者の補助や輸入タバコの関税を考え直して「国家公認の麻薬とも言えるタバコ」を無くせばいいとさえ思う時が多くなった。

ところが、この「オレの禁煙」には後日談があるのである。

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コメント(1)

ともこ  :

プチスモーカーだった私は今年の元旦に禁煙しました。
もともとプチスモーカーなので職場でしか吸っていなかったので
そんなのつらい思いもしないかなぁ。なんて簡単に考えていましたが、条件付の喫煙はその条件が揃うとすぐタバコを連想してしまい、なかなかつらい日が続きました。環境のせいにするわけではないのですが、本当に世の中からタバコがなくなってしまえば良いのになんて考えていました。1ヶ月が過ぎた頃にはかなり楽になり、あまりタバコを思い出すこともなく、そばに喫煙者がいても気にならなくなりました。やめるのは大変な苦労があるのに復活するのは一瞬のことなので、過去3回の禁煙の失敗を教訓に今回はスモーカーに戻らないようにがんばらなければ!!

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このページは、tateishiが2008年2月15日 16:13に書いたブログ記事です。

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